映画 『三池』~終わらない炭鉱の物語~を観ました

画像“ブログ友”である「つくしさん」のこの記事「近代化遺産 万田坑見学」を拝見して、映画 『三池』~終わらない炭鉱の物語~が上映されていることを知りました。

コメントで「是非観たい・・」と、申し上げましたら、つくしさんから親切な応対を頂いて、東京での上映スケジュールが分かりましたので、友人を誘って観て来ました。

映画上映終了後、熊谷博子監督のトークもあって、ドキュメンタリー映画の更に知る人ぞ知るドキュメント(裏話)まで聴かせて頂きました。

日本の近代化を支えてきた日本最大の炭鉱であった三池炭鉱の影の部分ではこれほどの犠牲と苦労があったのかと、・・・これまでの無知を恥じる思いでした。

一酸化炭素中毒になって、見た目は以前と何ら変わらないが、まるで幼児に話しかけているのと同じような姿に変わり果てた夫を支える主婦の言葉に、涙を誘われてしまいました。

戦前にあった三池炭鉱への朝鮮人の強制連行、囚人労働、そして戦後の労働争議、炭じん爆発事故・・・と、それぞれの切り口でも語り継がれていかなければならない沢山の事柄を抱えた“~終わらない炭鉱の物語~”であると感じました。

上映終了後の熊谷博子監督の講演にも、席を立たずに聴き入る方がほとんどでした。(上の写真は公演中の熊谷博子監督)

地元の人からは「負の遺産」という言葉を突きつけられながらも、本当の声を聞こうと努力され映画完成までにかけた7年間のご苦労話に、会場から拍手が沸き起こりました。

なお、熊谷博子監督のお住まいが、私のブログ記事中の「大田黒公園」がある杉並区荻窪であったことと、炭鉱とは何の拘わりもない人であったことに驚きました。

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この記事へのコメント

2007年12月15日 12:32
三池炭鉱の映画が出来上がるまで7年間もの歳月がかかってるんですかノンフィクションに近いから終わらない炭鉱物語なんでしょうね 通り過ぎるといくつものドラマができるものですがそれにしても多すぎるような気がしてきますね まったく携わらなかった方がメガホンをとったのは又ドラマがあるんでしょうね(*^_^*)
2007年12月15日 14:42
「三池」~終わらない炭鉱の物語
わりと最近だったような気がするのですが 新聞でこのタイトルを見たような気がします。ず~っと昔 社会人になって間もない頃 炭鉱の争議があり…意味も解らずに集会に参加したようです 拳を振り上げた頃を思い出しました
ロボットさんから つくしさんをたどって 来年2月16日まで解明しました(相変わらずの野次馬ぶりでお笑いください)スケジュール調整がつくといいのですが…
追伸 「マリと子犬…」もう行ってしまったかな? ハンドタオルが良さそうです 御持参ください
ひまおやじ
2007年12月15日 20:16
こんばんは。
 なんともしばし考え込んでしまいました。三池争議ありました・・・同種の事柄が、今日の我が国にたくさん継続していますね。「負の遺産」、この言葉をどう受け止めたらいいのでしょう。
 
2007年12月15日 22:22
グランドマザーさん
こんばんは。
早速お越し頂いてありがとうございます。
ハイ、私も7年間と聞いて驚きました。ノンフィクションですので、真実を知ろうとすればするほど期間がかかるのかもしれませんね。まだ一酸化中毒にかかって苦しんでいる方の生活が続いている点でも終わっていないのだと思います。
ハイ、監督が全く探鉱に関係された方でないと伺って、後世に残す価値のある映画だと思いました。
2007年12月15日 22:23
メダカさん
こんばんは。
早速お越し頂いてありがとうございます。
文化庁の後援で、去年から公開されているようです、、新聞でも紹介されていたかも知れませんね。
>・・・拳を振り上げた頃を思い出しました。
:私も同じです。。真実を知ることは大切なことですね。
つくしさんまで追いかけて頂けましたか、、私としてもうれしいことです。(^^♪
>追伸・・・
:未だ行っていませんこれからです~。そうですか!、、青いフェイスタオルにしようと思っていたのですが、新聞沙汰になるといけないのでメダカさんのおっしゃる通りハンドタオルにしておきます。(笑)
2007年12月15日 22:34
ひまおやじさん
こんばんは。
早速お越し頂いてありがとうございます。
ハイ、そうですね!、労働争議についてはこの映画でも大半の時間を費やしていましたが、三池炭鉱については、そのようね切り口で事実を語り伝えていく価値があると思います。
「負の遺産」については、地元の方とすれば不名誉なことであり触れて頂きたくない思いがあるのかもしれません。
監督は、本当の声を聞こうとすると、この足あとを消したい人がいる。と言っていました。(ーー;)
2007年12月16日 17:23
お友達を誘われて八王子でご覧になったのですね。blogを通して感動を共有できるのはITの醍醐味です。ロボットさんも時さんも熊谷博子監督の講演をお聞きになったとは羨ましい限りです。
「負の遺産」を抱えた大牟田市に石炭を積み出していた三池港があります。映画の中でも紹介されましたね。団琢磨が生みの親と言われてます。開港100周年記念で碑文に「石炭山の永久などありわせぬ。無くなると、今都市となっているが、又野となってしまう。築港をやれば、そこに又産業を興すことが出来る…」ということばを刻む予定と最近新聞で知りました。長くなりましたが、頑張っている当市の底力を感じた記事で書かせて頂きました。
2007年12月16日 21:21
つくしさん
こんばんは。ありがとうございます。
ハイ、八王子へ行ってきました。。福岡県のつくしさんと埼玉県のロボットが・・・、ITの醍醐味そのもので、ありがたいことです。(^^♪
熊谷博子監督の講演は、質問を挟んで1時間以上に及びました~、、皆さん熱心でした。
三池港は団琢磨が100年先を読んで港の建設を発案したと映画の中で・・・、驚きました。
記念碑のそういう計画があるんですか!。大牟田市頑張れと声援を送りたいですね。
2007年12月16日 22:06
こんばんは
「三池炭鉱」は名前だけは知っていましたが、意味があるすごい映画だったのですね。
2007年12月16日 22:35
blog日和さん
こんばんは。ありがとうございます。
私も詳しいことは知りませんでしたので、映画を観てとても勉強になりました。
この映画を観るのに電車が吉祥寺の辺りを通過したとき、blog日和さんの顔?が目の前に浮かんできました。(笑)
2007年12月16日 23:51
「三池炭鉱」
言葉ではしっかり覚えているのですが・・・・
正直すっかり忘れていました。
「月が出た出た、月が出た」の炭坑節は三井炭鉱でしたよね。
石炭産業の隆盛のなかで、過酷な労働のなかから自然発生的に生まれてきた仕事唄の一つだったんですね。石炭産業の発展につれて、筑豊地方の炭坑では採炭唄(ゴットン節)・石刀唄・南蛮唄・選炭唄などの仕事唄が生まれたといいます。この唄が宴席に持ち込まれ、やがて、花柳界で選炭唄に三味線の伴奏がつき、座敷唄として広く歌われるようになったと聞きました。それだけ過酷な労働が強いられていたのでしょうね。
三池炭鉱も同じだったのでしょう。
喉元ではなく今も続いている負の部分だという事を改めて知りました。
2007年12月17日 08:57
 おはようございます
 私も”つくしさん”の紹介でこの映画を見ましたが”重い映画”でした。先人たちの血と汗と涙で、三池をはじめとする今の日本があることを強く感じました。進行役的に自然な語り口で話すオバチャンのご主人が、事故の被害者と最後にわかり驚きました。苦労に苦労を重ねても、前向きに明るく生きようとする人柄が伝わり”ジ~ン”ときました。また、炭鉱作業に従事したオバチャンたちが、入浴後腰巻ひとつで炭鉱住宅街を歩く情景など、臨場感にあふれています。オバチャンたちはキツイ仕事を男並みにこなしているとの誇りがあったのでしょうね。いずれにしても、後世に伝えるべき大変な労作の映画だと思いました。
2007年12月17日 09:18
ろこさん
おはようございます。ありがとうございます。
炭坑節も労働歌の一つなんでしょうね。
ろこさんは、炭鉱の歌にお詳しいですね~。
私こそ、ブログを通じて、ろこさんをはじめ皆さんの記事を拝見させて頂いて、これまで知らなかった事柄に接する機会が増え、とても貴重だと思っています。
2007年12月17日 09:39
時さん
おはようございます。ありがとうございます。
時さんがこの映画を先にご覧になっているのを知って、是非観たいと思いました。(笑)
時さんのおっしゃるとおりで、私も胸にジ~ンと来ましたし、涙を抑えることができませんでした。
女性の精神力の強さも感じました。
2007年12月17日 15:40
そうですか 一度は観たい映画ですね
女性の監督さんの作品なので機会があれば観たいと思いました まだいろんなことで後遺症が残っておられるのですね。
2007年12月17日 18:08
この映画のことは初めて知りました。
最近映画作りの世界を垣間見る機会があったため、きっと製作までのご苦労は大変だったと思います。まして、重いテーマを女性の監督さんが・・?
私の若い頃炭鉱の労働組合員の人たちがが“合理化反対”とこぶしを突き上げていた光景が写りだされた映画の“ニュース”を思い出しました。その後もご苦労が続いていたのですね。
映画の内容等、これから辿ってみたいと思います。
2007年12月17日 19:58
kumiさん
こんばんは。ありがとうございます。
女性がご覧になっても、炭鉱の女たちのエネリギッシュな生き様に感動されるのではないかと思います。
>まだいろんなことで後遺症が・・・
:ハイ、未だ終わっていないということですね~(ーー;)
2007年12月17日 21:46
けっこちゃんさん
こんばんは。ありがとうございます。
この映画はご存知ありませんでしたか!、私もブログを拝見して知りました。
そうですね、映画作りの世界をご存知のけっこちゃんさんなら、私なんかより、製作までのご苦労のほどはよく分かるでしょうね~。
>その後もご苦労が続いていた・・・
:この映画に登場された一酸化炭素中毒にかかった炭鉱マンが映画の完成後に亡くなっているそうで、まだ続いているんですね。
2007年12月20日 13:58
日本の経済を支えてくれた。石炭は当事はなくては成らないものでした。昭和40年代まで学校で使っていました。石油に時代が変わり炭鉱が廃坑につながったと思います。女性の監督さんが当事の映画を作るご苦労が伝わってきました。
2007年12月20日 16:04
野次喜多日記さん
こんにちは。ありがとうございます。
そうですね!、小学校や中学校では冬にはなくてはならないモノでした。懐かしいです。
石油への大転換の時期には労働運動が激しくなり、大変なご苦労があったと思います。
>女性の監督さんが当事の映画を作るご苦労が・・・
:ハイ、講演を聴いて、製作の裏話を伺って私も感心しました。

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