「昭和」は遠くなりにけり

降る雪や 明治は遠く なりにけり 草田男
上の句は、明治34年生まれの俳人である中村 草田男(くさたお)が、昭和6(1931)年に母校の赤坂区青南尋常小学校(現在の港区立青南小学校)を訪ねた時に詠まれた句で、同校に句碑も建立されており、彼の代表的な名句だそうです。
そこで、ロボット(私)も一句 ・・・。
若いまま 昭和は遠く なりにけり ロボット
幾つになっても大人気(おとなげ)ない阿呆(あほう)なロボットの脳みそを連想できるから、これでいいかもしれないが(笑)、、何か変だな~! ( 一一)
あっ!!、カタカナへの変換を忘れていました~!!。
若いママ 昭和は遠く なりにけり
これでOK、、これなら話のつじつまが合います。(^^♪
ロボットが日課の散歩(ウォーキング)で、児童公園に立ち寄るようになったことは、この記事でお話しました。
最近は、公園の子どもたちへ、ロボットが半世紀以上も昔に遊んだ ”昭和 の遊び” (「宝とり」や「ケンケン」そして「大高中小」など)を伝授すると、子どもたちには新鮮なのでしょう、喜んでくれて、ロボットも一緒に遊ぶことが日常になってしまい、公園で鉄棒にぶら下がる目的(その理由は、こちらの記事に・・)を忘れてしまうくらいです。(笑)
「ところで、上の写真は何か!?」、と、おっしゃるんですか?
ハ~イ!!。 そうこないと、この記事の話が先に進みません。(笑)
これは、ロボットの家に設けた「爺ちゃんのおもちゃ箱」(詳細はこの記事をご覧ください)から持って来て、”昭和の遊び”の合い間に、子どもたちと水遊びをしたときの玩具(バンダイ製で数年前に購入)ですが、大きさは500円硬貨と比較すると、この程度です。
遊び方は、この動画をご覧ください。
上から銀の玉が転がってくるように見えるのは、普通の水なのです。(超撥水加工が施されていて、このような動きになって、子どもが喜びます)
この玩具の遊び方を、ロボットが公園の若いお母さん方に説明するため、『水玉の大きさが「仁丹」より少し大き目・・・』と云ったのですが、『仁丹って何!?』という返答が返ってきました。( 一一)
昭和の時代には、仁丹を知らない大人はいなかったのではないでしょうか?
家に帰って、検索して ”ウィキペディア” を読むと、『若い年代を中心に仁丹そのものの存在を知らないといった風潮がある。』 と記載されていて、そのことにも驚きましたが・・・
お母さん方は、ロボットの娘よりも少々お若いので、納得せざるをえません。
以前に投稿したこの記事では、昭和の ”消えた言葉” が随所に使われている本を読んで、天国にいる母親との会話が蘇えって懐かしく想ったことをお話したのですが、今回は、「「昭和」が遠くなったな~」と感じた出来事でした。(◞‸ლ)

