節分

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画像 前回の記事では、窓から雪景色を眺めながら、天に「感謝」を・・・、でしたが、その雪が、10日間過ぎても記録的な寒気のせいで溶けきらないうちに、再度の降雪ですから・・・。

後期高齢者としては、遠出の外出はもとより日課の散歩も儘ならないので、「感謝」の気持ちをキャンセルしたいくらいで~す。( 一一)(笑)

と、いうことで、記事更新のネタも、本棚の片隅にあったこの本(「日本人のしきたり」著者:飯倉晴武)を参考にして、時節柄ですので、インドアで上のタイトルにしました。

半世紀以上も前の、ロボット(私)が子どもの頃は、いぇ、我が子を育てていた三十数年前の頃でも、この日になると、家々から「鬼は外、福は内」と、大きな声が聞こえてきたものですが、近年は、聞こえるのが珍しいくらいになってしまいました。

近年は、関西方面が発祥の地と言われる「恵方巻」が、全国的に広がる傾向にあるそうだから、この日は、恵方(今年は「南南東」だそうです)を向いて、”大きな声を出さずに黙って恵方巻をかぶりつく” 人が多くなったからなのでしょうか?

上の本でも、『・・・いまやさまざまな伝統行事が忘れられ、形骸化していくなかで、もう一度それらの原点に触れてみることは、日本人の豊かな人生観を再発見するきっかけになるはずです。』と述べていますので、ロボットも 、あらためて “節分” の原点に触れてみました。(^^♪

元来、「節分」とは、立春、立夏、立秋、立冬など、季節の改まる前日のことを呼んでいたそうですが、現在では、立春の前日だけを指すようになったとのこと。

古代中国では大晦日に、邪鬼や疫病などを打ち払うため、鬼の面をかぶった人を、桃の木で作った弓矢で射って追い払う、「追儺(ついな)」という行事があったそうです。

それが奈良時代、日本に伝わり、平安時代には宮中で大晦日の行事として、さかんに行われるようになり、このころには、ヒイラギの枝にイワシの頭を刺 して家の門にかかげる、節分特有の飾りも広まっていたようです。

何故、ヒイラギか?、毒性とトゲがあり、またイワシは生臭物なので、魔よけの効果があると信じられていたようです。

豆まきの行事が定着したのは室町時代以降のことで、江戸時代になって現代のような豆まきの行事が一般庶民の間に広まったそうです。

本来は大晦日の行事でしたが、旧暦では新年が春から始まるため、つまり立春は、旧暦では一年の始まりとされていた日なので、立春前日の節分の行事となったというわけだそうです。

季節の変わり目に、鬼などの妖怪や悪霊が集まり、疫病や災いをもたらすと考えられていたので、「鬼は外、福は内」と大声で豆をまくことで、それらを打ち払おうという行事だったのですね。

煎(い)った豆は福豆と呼ばれ、自分の年齢の数だけ(あるいは年齢+1個という地域もある)食べることで、邪気を追い払い、健康に過ごせるそうです。


<おまけ>

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 ところで、ロボットは過去記事で、家内が留守中に『鬼の居ぬ間に・・・』と、口走ったことがありますが、半分は冗談で(あとの半分は・・・(笑))

だからと言って、まさか節分のこの日に、そのうっ憤を晴らそうと、豆を投げたら、それこそエライことになりますから(笑)、ボケ防止のために励んでいる折り紙で、「赤鬼の顔」をつくり、これを目立て豆をまきましたとサ!(笑)




      















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