町内会の行事「郷土探訪」に参加 して

ロボット(私)の出生地は『東京』ですが、太平洋戦争の戦禍を免れるため、幼少期をその地で育まれることなく、地方へ転居 しているので、真の郷土は存在しないと言ってよいかもしれません。(◞‸ლ)

ですから、戦後になって新たに定住した東京の片隅 にある某地 は、小学校と中学校時代の生活を含む10年間を過ごした関係で、その地には幼馴染と遊んだ記憶が残っており、ロボットにとってとても懐かしく、故郷であり郷土のように思えるのです。(*^^)v

従って、その懐かしさを思い出させてくれる小学校のクラス会には万難を排して参加 し、記事もこんなにアップしました。(笑)

さて、そうすると、タイトルの「郷土探訪」は、ロボットにとって違和感が(?)あるように思われるかもしれませんが、・・・

実は、ロボットが現在住んでいる町は、結婚の数年後に転居して来て、二児の娘を育てた地であり、振り返ってみれば、人生の大半をここで過ごしており、その意味では、第二の故郷なのです。(^^♪

また、前置きが長くなってしまいましたが、・・・

~∞~~∞~

と、云うことで、この記事で紹介したわが町のほがらか町会(仮称)」が主催した「郷土探訪」に参加 しました。
参加者は20名ほどでしたから、計画通りだったようです。

内容は、次の通りです。

  第一部:「わが町の歴史に触れる」
  第二部:「地元の市の有形登録文化財の民家」を見学

第一部は、この町で生まれ育った一般の町民による講話なのですが、講師の人は、第二部で見学させて頂く「民家」のご主人でもありますので、親近感を持って伺うことができました。

「歴史」と云っても難しい話ではなく、昭和20年頃まで遡って、郷土の生活環境やその変化、郷土の年中行事や講師の生活体験などを聴かせて頂きました。

生活環境の変化は、人口の変遷だけを見ても約10倍ほどに増えて(ただし、十数年前に近隣の自治体と合併しているので、合併する前の時点で比較(以下同じ))おり、小学校と中学校は、それぞれ一校づつしかなかったそうですが、小学校が6校、中学校が3校となっており、大学まで存在するようになっていますから、発展の程を知ることができます。

講話は、一時間半に及び、特に講師の生活体験の話に移ると、質問も多く出て、興味深く聴かせて頂きました。

しかし、ここでは長文になりますので以降は省略して、第二部の見学へ・・・

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登録有形文化財の民家までは、第一部の会場である公民館分館から徒歩10分ほど、先に到着したした参加者が「市の文化財を示す掲示板」を読んでいました。(写真上参照)

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これがその民家の全貌です。 文化財として登録されたのは平成15年11月ですが、二十世紀初頭(明治30年代)に隣の市から現在の位置に曳家(ひきや)された古民家で、平屋寄せ棟の茅葺き(かやぶき)屋根にトタンで覆い、南に面しており、軒が低いのが特徴だそうです。(写真上参照)

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間取りは「掲示板」に示されていた図を撮りました

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見学者が近づくと軒の低さが分かります


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茅葺き屋根の状態を見ると縄が切れていたりして痛んでいるのが分かりますが、ご主人の話では、『昔は囲炉裏などの火を年中 日中は絶やさないので、その煙が家の内側から茅を燻煙(くんえん)してヤニ(タール)がつき、縄が固く丈夫になり、茅葺き屋根の防水効果にもなったが、現在は燃やさないので・・・』と云うことで、トタンで覆われている事情も納得・・・。(写真上参照)

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室内の天井を見ると、真っ黒にすすけた梁が二本あるのが見えますが、これは建築用語で「二重梁(にじゅうばり)」というそうです。(写真上参照)

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軒下をよく見ると、神様に供える幣束(へいそく)が飾られてあったのですが、ご主人は『これだけは現在も変わらず続けています』と云っていました。(写真上参照)

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更に軒下をよく見ると、光ファイバーケーブルが・・・、世紀を超えたドッキング(?)に感動ものです。(写真上参照)

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また、庭の片隅を見ると、こんな建物が・・・、ロボットは図らずも、田舎の爺ちゃんの家で遊んだ幼少の頃が蘇って、一気に若返って帰宅 しました~(笑)。(写真上参照)

おっと、忘れるところでした~、見学が終わってこの古民家のご主人の心配りで、かまど炊きの ”おにぎり” を参加者全員がご馳走になりました。

とても美味しかったです。(^^♪



~∞~~∞~


<おまけ>

ロボットはここで気を良くしたので、点数稼ぎもあって(笑)、折り紙で「秋」を折ってみました。

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こんなに赤くなると、医者は青く、いぇ、真っ青になるかも(笑)






      
















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