「坂の町・江戸東京を歩く」・・・

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"この木なんの木、気になる木~♪”といえば、TVでおなじみのCMソング「日立の樹」(作曲:小林亜星)を思い浮かべますが、あの樹は全て日本で撮られたものではないそうですね。

 それでは上の樹、なんの木でどこにある木かお分かりですか?(答えは、上の写真をクリックしてみて下さい。)

 この樹と「日立の樹」とは何の関係もありません。(笑)
 前回の記事で、東京国立博物館の薬師寺展を出た後に散歩をしたと申し上げましたが、ここがそのスタート地点であり、この樹の花をゆっくり眺めたことがなかったので、カメラにおさめたのです。

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 あらためてどこを散歩?と云わなくても、上野公園内を歩けばよかったのですが、実は、先日買い求めてツンドク(積読)となっていた「坂の町・江戸東京を歩く」【著者:大石 学】(写真右参照)をめくってみたら、この近くに「寛永寺坂」があることを知ったので、そちらを歩いてみることにしたのです。

 この本は、江戸・東京各地の坂を取り上げ、坂の名前の由来や、坂にまつわる歴史、事件・出来事などが解説されており、面白いと感じて、ついでに買ったものです。

 この本の書き出しを紹介すると・・・
「東京の町を歩いていると、意外と坂が多いことに気がつく。たとえば、JR山手線の田端駅から上野駅をへて品川駅にいたる間、線路の西側は台地が続き、東側は低地となっている。
 江戸時代、この台地上は「山の手」と呼ばれ、武士を中心とする生活空間となっていた。「江戸っ子」の多くは下町に住んでいた。そして、山の手と下町の二つの空間をつなぐのが、江戸・東京の坂であった。・・・」

 そして、「寛永寺坂」のページを広げてみると、地図も記載されてましたので、これをご覧いただき(写真下参照:拡大できます)、以下詳述を省略して、散歩で出合った風景などを写真で紹介しましょう。

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 博物館を出て芸大方面へ向うと、すぐ右手に大名屋敷の格式をよく伝える「旧、因州池田屋敷表門」(重要文化財)が目に入る。(写真はこの記事を参照下さい)

 芸大の前まで来ると、こんな古い建物(2004年に廃止された京成電鉄の「旧、博物館動物園駅跡」)が目につく(写真下参照)。
 ロボットが、わざわざ横断歩道をわたってカメラにおさめようとすると、家内は何食わぬ顔で、他人の素振り。(笑)

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 ここを右に折れると、車道は一方通行路でクルマは少なく、博物館の法隆寺宝物館の裏手になるので静かな心地よい歩道となる。
 しばらくして左に折れると、言問(こととい)通りへ出る道を歩くことになるが、右手は間もなく東叡山寛永寺(写真下参照)の前にさしかかるので、おのずと足が止まる。

寛永寺は、江戸時代、徳川家康から家光までの三代にわたって将軍の側近として仕えた天台宗の高僧天海によって創設された寺院であることが、この本にも記されている。

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 御参りをして境内の掲示板に目をやると、ありがたいお言葉(写真下参照:日が傾いて・・・)が目に留まったので、記憶に頂いて先を急いだ。

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 言問通りをしばらく歩くと、左手が谷中霊園に近いことから徳川慶喜の墓地が左に折れて直ぐであることを示す立札が目についたが、こちらもボチボチ寛永寺坂に近いので直進すると、右手の掲示板に「寛永寺坂」の表示を発見したので、いつの間にか歩いてしまったなだらかな坂道を振り返った。(写真下参照)

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 帰り道は、路地を通って引き返すと、いい香りの花に出合い、その家の人と話ができたので写真を撮らせて頂いた。(写真下参照)
 花の名前は「テイカカズラ」、この種が、鎌倉時代初期の歌人 藤原定家が愛した式子内親王の墓石にまとわりついていたことから、この名がついたとか。

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 最後に出合った花も歴史にまつわるお話になって、薬師寺展のおまけとしては、いい散歩となりました。
 

 

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